クロノスタシスは知ってます。


 学生の頃、「文章を書いて、思いや欲求を相手に伝える」仕事を生業として、飯を食っていきたいなと思っていた。しかし、現在、僕は何の縁かわからぬが、システムエンジニアとして働いている。
 システムエンジニアとして1年間働く中で、働き始める前に思い描いていた仕事内容とギャップを感じたことがある。それは、業務のほとんどがコーディングすることではなく、日本語で文書を作成することであるという点だ。僕の業務のほとんどは、不具合を作りこまないようにアプリケーションを設計し、その設計内容を文書化することだ。なので僕は今、ひたすら文章を書いて、添削してもらって...を繰り返して飯を食っている。
 もちろん、まったくコーディングをしないわけではない。業務の20%は、コーディングすることに時間を費やしている。しかし、ひよっこエンジニアである僕の持論では、コーディングは、結局文章を書くことと本質的に同じだ。コーディングとは、「〇〇したいよ!」という何らかの欲求を、プログラミング言語のルールに基づいて記述し、CPUに伝える営みである。文書作成も自分の中の思いや欲求を形にし、読み手に伝える営みなので、非常に似ている。
 

 正直にいうと、僕はシステムエンジニアになることを、ちっとも望んでいなかった。最近になって、システムエンジニアの醍醐味が少しばかりわかってきたが、それでも今の仕事で一生飯を食っていくかは、正直わからない。

しかし先ほど述べたように、考え方次第では、システムエンジニアを「文章を書いて、思いや欲求を相手に伝える」仕事だと捉えることもできる。なので「なんだ、既に自分の願望を実現できていたんだ」と今の自分を人生の落としどころにすることができるのだ。どの地点の自分を落としどころにすべきか、この問題は誰しも一生抱えていくテーマなのかもしれない。僕も、まだ回答権を持ったまま、答えを保留にしている。

 

 何故僕が社会人としての自分の現状を振り返り、1年ぶりにブログを更新することに至ったのかと気になった、重篤な僕のファンがいるかもしれない。世の中には少なからず物好きはいるものだ。  

 僕が久しぶりに文章を書きたくなったきっかけは、『花束みたいな恋をした』という映画を見たことにある。この映画は、一組のカップルの始まりから終わりまでの5年間を描いた作品だ。就職、友人の死や結婚など様々なイベントを経て、二人の価値観や関係性が変わっていくところが、とても切なく、非常に素晴らしい映画だった。個人的にストーリーはもちろん、映画の細かな描写に引き付けるものがあった。

hana-koi.jp

 例えば、菅田将暉が演じる麦君は、グレーのカレッジパーカーやLevi’sのジーンズを身につけていた。これらは、僕が学生時代に身につけてたものと非常にそっくりだった。服には気を使っているつもりだけど、どこかあか抜けない雰囲気がとても懐かしかった。また、麦君が住んでいたアパートのボロボロさ加減は、当時僕が住んでいたアパートにそっくりだった。僕のアパートはもっとボロボロだったため、人を家に呼ぶのが恥ずかしかった。

 そして彼が社会人になり、忙しくなったことが原因で、いつしか好きだった文学作品や音楽から遠ざかってゆく姿は、いまの自分と重なった。

 

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僕が住んでいたアパート

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お気に入りのカレッジパーカー


 こうした理由から、映画で描かれる彼らの人生が、他人のものとは思えなかった。映画の雰囲気に酔ったまま、昔のことや今の自分について浅く考えているうちに、久しぶりに文章を書いてみたくなったのである。なんとも単純。自分の影響受けやすい単純な性格には、いつも恥ずかしくなる。

 恥ずかしさついでに、この映画をきっかけに思い出した、エンジニアに関するちょっとしたエピソードについて話して、この記事を終える。

 僕は、大学3年の秋から、同じ学年の子とお付き合いしていた。彼女はデザインを専攻しており、一風変わった作品を作る人だった。

 そんな彼女も、大学3年の終わりから本格的に就職活動を始めた。彼女はWebエンジニアとして働くことを目指しており、インターンやら面接やらで東京と仙台を行き来していた。 一方で、僕は大学院に進学することが決まっており、大学の単位も殆ど取り切っていたので、堕落した生活を送っていた。そんな僕は、忙しそうに就職活動をしている彼女を応援しながら、内心では「なんでエンジニアなんか目指してんだろう、デザインの道に進めばいいのに。エンジニアなんか面白くないじゃん」と思っていた。*1

 エンジニアに対してマイナスのイメージを抱いていた僕が、3年後にエンジニアとして働いているのである。よく考えると少し残酷な現実の話だが、このエピソードを思い出した時、クスっと笑ってしまった。もしかして、僕にも花束みたいな…。

 いや、この話はここまでにしておこう。

 

 

 

 
 
 
 

*1:今思えば、デザインも出来て、コードも書けるwebエンジニアは素晴らしいなと思う。当時の僕には、その感覚がなかった。